タラ、レバ…

 スポーツでもビジネスでも、勝負に負けた時を思い起こすと、あの時ああすれば、こうしていたらと感じることがある。
 たぶん、大阪桐蔭の皆さんも、そう思っているに違いない。でも終わったこと。次に生かせば、この悔しさはきっと生きてくるはず。甲子園が芋畑になるはずもないので、悔しさは甲子園で返せばいい。
 私のトラウマは「ドーハの悲劇」
知らない人のために、ウイキから引用する。
「1994年アメリカワールドカップ・アジア地区最終予選の最終節で行われたこの試合は、試合終了間際のロスタイムにイラク代表の同点ゴールが入り、FIFAワールドカップ初出場に近づいていた日本代表が一転して予選敗退する結末となった。終了後、ピッチ上の日本代表選手の多くはその場にへたり込んだまま動けず、控え選手やスタッフに声をかけられ、夢遊病者のようによろよろと立ち上がるという状態だった。キャプテンの柱谷哲二は両手で顔を覆って号泣し、ハンス・オフト監督と清雲栄純コーチに支えられながらピッチを後にした」
 
 私は深夜、この一部始終を観ていた。
日本サッカー界の夜明け前の苦しみだったと、今は思える。
「明けない夜はない」
 スポーツを続けるなら、この言葉を覚えていてもいいだろう。


きのう堺浜の水路で、珍しい光景を見た。タグボートが大きな船を二隻引っ張っていった。ワイヤー1本で引っ張る力に、監督の苦労がダブる。


 極妻の世界でも、姐さんが全て。子分の不始末は自分でけじめをつける。

 昨夜は足だったのに、今夜は手。忙しいお志麻姐さん

 これくらい、どうって事ないよ

 そろそろ疲れてきた。WOWOWはいつまで続けるのだろう。