ピカドンに思う
75年前の今日、午前11 時過ぎに長崎に原爆が投下された。
私は未だ長崎に居なかったが、五歳になった一年後ぐらいから住むようになった。
小学校は爆心地から外れていたので、直撃は避けられたが、入学して直ぐにピカドンの意味を知らされた。

原爆は落ちる時、ピカッと光り、ドンと轟音が続いたそうだ。
高校は爆心地の近くに建っていたので、浦上天主堂は通学路から近かった。
真下にあった山里小学校の千数百名は即死、7万人以上の市民が被爆した。
そして今なお犠牲者が出続けている。

「長崎平和祈念式典」
今年は参加者も限られたが、ポツダム宣言を日本の政治家がまともに聴いていれば、投下されることもなかったかもしれない。
当然このような式典も、行われなかったはず。
弊社からもセキュリティの仕事で機材や人材が、長崎に集合。息子も現地に滞在している。
新型コロナウイルスも、政治家が最初に逡巡しなければ、もっと感染者も少なかったはず。その後のGo To も、適切な判断をしていたら…とおもう。
75年経った今も、多くの犠牲者を出した今も、政治家の体質が変わらないのを嘆くだけでは未来はない。
体質が分からなければ…利益が出ない所には、素早く動かない。
これは一つの体質でもある。
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