Go To 長崎…

 天気晴朗、波静か。こんな日は、近場で漕ぐのはもったいない。
堺浜へ漕ぎ出す。

復路でもローディの姿が目に付く。

いつもとコースを変え、フードコートや娯楽施設の前を通過

側道から大和川左岸の堤防へ上がる

この女性とは話したことがある。大和川下流の阪堺大橋を渡り、右岸を戻り、大和川大橋を渡るループ状のウォーキングをしているそうだ。歩く姿もウォーカーに決まっている。

通称13号線の、遠里小野橋まで漕いできた。正面の関所の柵を抜け、しばらく堤防を走る。

南海電鉄の線路は通り抜けできないので、坂を下りたらUターン。

坂を上り給水タイム

若い女性が佇むJR浅香駅前を抜ける。

車道が狭く、自転車走行は要注意の、西除川沿いを漕いでいく

200m以内に信号が四つも有るので、混みあう場所で信号待ち

やっと帰ってきた。

夕食は涼しくなってきたので、鍋焼きうどんでもしようかと、イオンで食材を見つけていたら、長崎かぼこのセットに赤札が張られている。
何処かの九州物産展イベントの残り物か…

裏をチェック。製造者は間違いないようだ。しかし半世紀前の長崎では、カマボコを他府県の贈答品へ送るのは断られていた。その頃の長崎は、まだ九州のチベット。鮮度が命のカマボコは、せいぜい二日の内に食べて欲しかったのだろう。
私は高校まで長崎に住んでいたので、よく見た光景に、部活で遅く帰宅する連中は、カマボコ屋の前で、揚げたてのイワシのカマボコを新聞紙に包み、ほお張っていた。
当然味は言わずもがなで、その時代以上のカマボコは、今でも喰った事が無い。
しかし、私の眼の前に有るのは、まぎれもなく「長崎のかんぼこ
薄味の出汁をとり、鍋に入れる前にチンして、鍋焼きうどんで食した。
…味は半世紀前と同じモノでなく、シンプルさが欠けていた。原材料名を確認する。
魚肉に、フカのすり身が入っていない。長崎出身者に、食い物を語らせたら、お国自慢は尽きないのである。