蘇るペットロス

 前日の山仕事で、太ももの筋肉が痛い。擦っていても始まらないので、小雨の中ノルディック・ウォーキングで大和川堤防を歩く。

雨模様だし、下校時間まで間があるので、堤防近くの公園に人影はない。家から歩いて来られる公園だが、20年以上足を踏み入れなかった。
余りに思い出の多い公園。ペットロス症候群の期間は長い。

かつて私はボルゾイ犬の兄弟と暮らしていた。家では放していたので、外へ出る時は、首筋の毛がリードで擦れないように、バンダナをしていた。しかし短命だった。弟が七年、兄が八年。この凝縮した時間は、何事にも代えがたい思い出として残っている。

夕食後、全仏オープン一回戦、西岡選手の試合を観戦。ゲームは西岡にとって苦しいものだった。

相手は足を痛めたのか、腹が痛いのか不審な行動をとる。審判も急がせる気配はなかった。西岡の集中力が切れないのを祈る。
そして開始から3時間8分、相手のボレーがラインを割った。
テニスは格闘技だ。コートでラケットを武器にして戦う。

しかしそうでない男もいた。わずかワンブロックを歩きながら、二本の包丁で、背後から無言で子供を刺す。どうやって防ぐのか?
思いつかない。
学童に「防刃チョッキ」を着せるようなのは拙い。これにヘルメットを被れば学童警官になってしまう。
やはり、こんな危ない人間が街をうろつかない様なシステムを作り上げるのが先だろう。虐待を見過ごす教育委員会や、役所と似たような構図を思い浮かべてしまう。
かつて悪徳警官だった男は、この組織から離れようと証人を連れ
16ブロックを移動する。
リチャード・ドナー 監督人情劇は、私の涙腺を刺激する。